英会話の習得に英文法学習は必要か?~前編~  

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「英会話の習得に英文法は必要か不必要か?」長きにわたって議論されているテーマです。インターネットで検索してみると文法必要論・不要論の双方がそれぞれの主張を展開しています。

私は第一言語形成期を過ぎた日本語ネイティヴが英語・英会話を習得するにあたって、英文法の学習は非常に有効だと考えています。その詳しい理由は後編でご説明するとして、今回はまず英文法不要論の主張について考えてみたいと思います。

1.主張①「ネイティヴは文法を意識しないじゃないか!」

英文法学習は不要だと唱える人の多くが「ネイティヴは英文法なんて意識しなくても話せるじゃないか!」と主張します。

しかしこの主張は完全に的外れです。そもそも私たちはネイティヴではありません。生まれ育った言語環境や文化背景の違いをまったく無視して、「ネイティヴが文法を意識しないから私たちも意識しなくて良い」「文法など学ばなくてもネイティヴと同じように英語が使えるようになる」と考え主張するのは当を得ていません。

2.主張②「あなたも日本語の文法なんて意識しないでしょ?」

たしかに日常的な会話で日本語文法を意識することはないかもしれません。しかし日本語文法に意識的な人の日本語は非常に分かりやすく明瞭です。魅力的で説得力のある講演やプレゼンテーションは日本語文法を意識して構築されていることがよくあります。また大学受験の現代文を指導する教師の中には、日本語文法を援用することで正確な読解ができるようになると唱える人もいます。

「あなたも日本語の文法なんて意識しないでしょ」というのは日本語の文法を考えることを怠っているだけで、印象の良い日本語を使おうとすれば日本語ネイティヴだって日本語文法を考えることが有効になることもあるのです。

3.主張③「ノンネイティヴでも文法を学ばずにしゃべれる人がいる!」

ノンネイティヴの中には英文法を学習することなしに一定レベルの英語を話せるようになる人もいます。しかし日本語ネイティヴの私たちと他の言語を母国語とするノンネイティヴを同一に考えることには無理があります

言語学ではそれぞれ言語の歴史や共通性などに基づいて言語を系統分類することがあります。これによるとお互いに近しい関係にある言語があることが分かります。英語と近しい関係にある言語を母国語とするノンネイティヴとそうでないノンネイティヴでは学習方法やアプローチが異なるのは当然です。

ちなみに英語はインド・ヨーロッパ語族の中のゲルマン語派・西ゲルマン語群に分類されます。これとまったく同じ分類になる言語にドイツ語やオランダ語があります。また語派は異なりますがインド・ヨーロッパ語族という大きなくくりで英語と同じなのはフランス語やスペイン語です。

これらの言語を母国語とするノンネイティヴたちは自分の母国語と英語の間に多くの共通点を見出すことができ、結果として文法を体系立てて勉強しなくてもある程度話せるようになる可能性はあります。しかし、そういう人たちと私たち日本語ネイティヴを同じに扱っていいはずがありません。

ちなみに私たちの母国語である日本語の系統分類はいまだに研究途上ですが、現状では日本語族・日本語派に分類されています。つまり日本語はそれだけで独立した一派をなしている、世界の他の言語と比べてみても非常に特異な言語だということになります。

そんな特異な言語を母国語とする私たちです。他のノンネイティヴが文法を勉強しないから私たちも文法の勉強はしなくても良いという結論は導き出せません。

4.主張④「英語の語順通りに理解すれば文法は要らない!」

英語を英語の語順のまま理解しようとするやり方をアローイングリッシュ(Arrow English)と言います。矢(arrow)のように一直線に理解しようということですね。

その重要性については私も理解できますし賛成もできます。しかし物事には順序と段階というものがあります。中上級者になったのにいつまでも日本語と同じ語順で英語を理解しようとするのは感心しませんが、初期の段階では分析的読解というアプローチも必要です。

私の友人がアローイングリッシュの有用性を熱心に語ってくれたことがあります。そのとき彼が例に出したのがアーノルド・ロベル著『がまくんとかえるくん』という絵本の一節でした。

Frog ran up the path to Toad’s house.
He knocked on the front door.
There was no answer.

アローイングリッシュ的アプローチではこの英文を以下のように読むことになります。

かえる、走った、あがる、小道、ガマの家
彼、ノックした、前、ドア
そこに、あった、ない、返事

たしかになんとなく理解はできるでしょう。しかし、私たちが理解できるようになりたいのは子ども向けの絵本レベルの英語でしょうか?上の文章が英語の順番通りに理解できたからといって文法を勉強しなくてよいという根拠になるでしょうか?

もう1つ例を挙げてみましょう。アローイングリッシュの考え方で英語の語順で考えてみてください。

I don’t know what he has to do with the accident.

私、しない、知る、何、彼、持つ、に、する、一緒に、その、事故

単語は難しくないはずですが言わんとしていることが分かりますか?この文は文法をきちんと勉強している人でさえうっかり意味を取り違えてしまいます。詳しい説明は割愛しますが、これは「私は彼がその事故とどういう関係あるのか知らない」という意味です。

たとえ簡単な単語ばかりの文章でも文法をきちんと学習していないととんでもない読み違いをしてしまうことがあるのです。

英語を英語の順番通りに理解することは確かに意味のあることですが、そのやり方をうまく使うためにも一通り文法を勉強し、実力をつけてからにするべきです。

5.主張⑤「中学から文法を勉強したのにしゃべれるようになっていない!」

たしかに中学から高校までの6年間、英語の授業で文法を習います。しかし英語を駆使できる日本人の割合はごくわずかです。

しかしこれもまた文法の勉強が不要だという根拠にはなりません。これは次回の記事で詳しく説明しますが、文法は英会話の必要条件ではあっても十分条件ではないのです。

つまり英文法を学習し理解したからといって、それだけでは英語を話せるようにはなりません。その英文法をいかに使いこなすかの訓練が必要なのです。その訓練をしないから英文法を勉強したけれども話せるようにはならないという現象が生じるのです。

そもそも従来の日本の英語教育はインプット偏重でした。文法のルールを覚え、単語を覚え、読解を重視するものだったのです。手にした知識を使いこなすアウトプットの場を充分に確保していなかったのです。

その揺り戻しのようにここ10年くらいはインプットを軽視する風潮にあるようですが、それもまた大変危険なことです。

インプットとアウトプットは言語習得の両輪です。両方が上手く機能して初めて言語を使いこなせるようになるわけです。学校教育の英語はアウトプットが機能していないので英語を話せるようにならなかっただけで、文法を勉強したことが話せるようにならない原因ではありません。

以上、英文法不要論でよくある主張を1つずつ見てみました。こうして考えてみると、英文法不要論は根拠に乏しいことが理解いただけるのではないかと思います。

それではなぜ英文法の学習は必要なのでしょうか?「不必要ではないのだから必要だ」というのでは説明になりませんよね。

英文法を勉強すべき積極的な理由は次回詳しく説明することにしまして、今日のところはこのあたりしたいと思います。

6.この記事のまとめ

1.英会話には文法学習は要らないという英文法不要論があります。

2.不要論の主張①ネイティヴは文法を意識しない!
>>>不要論への反論①私たちは英語ネイティヴではない

3.不要論の主張②私たちも日本語文法を意識しない!
>>>不要論への反論②印象の良い高度な日本語を操るためには日本語文法を活用することが有効な場合もある

4.不要論の主張③文法を学ばないノンネイティブヴたくさんいる!
>>>不要論への反論③英語と母国語の近しさが違う。日本語はかなり特異な言語である。

5.不要論の主張④英語の語順の通りに理解すれば文法などいらない!
>>>不要論への反論④子どもレベルの英語習得を目指すならばそれで良いが、そこに目標がある人は少ないはず。

6.不要論の主張⑤学校で文法を勉強したが話せるようになっていない!
>>>不要論への反論⑤文法を勉強するだけで話せない。訓練する場が必要であって学校教育にはその場が足りていないだけ。

Thank you for reading.
Stay tuned for the next article.

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